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結果かフェアプレーか


 スポーツは、道徳教育に格好の材料を提供してくれる。サッカーW杯1次リーグの日本対ポーランド戦。日本は試合終盤、その試合と、同組の他試合が現状のまま終われば1次リーグ突破できることになった。そこで自陣でボール回しで時間を消費する戦術に出た。これに対して賛否両論が出たが、教育的な視点からはどんな結論になるのか。

 まずは、攻めない決断を行った西野朗監督支持派の言い分。1次リーグ突破の目標実現に、ルール内で最も確率の高い戦術を選択するのは当然。最後まで攻め続けるのは理想だが、それで目標達成できなかったら最悪。だから「負けて突破」は正解。

 一方、反対派。常日ごろ、全力投入とフェアプレーが大切と言っているのに、結果にこだわった選択は「サムライ」らしくない。ずるい試合をしたのは、実力に自信のないことの裏返し。

 また、同じH組で決勝トーナメント進出を懸けて必死に戦っていたコロンビア、セネガルに失礼だ。白熱した試合を期待していたファンも失望させた、などが理由。教育の視点からは、反対派の意見が説得力を持つ。

 真剣勝負に道徳論を持ち込むのはナイーブ過ぎる、世界の現実は厳しく、ずるい選択をしなければならない場面があることを教えるのも教育だ。実際、他国はもっとずるいことをやっているとの反論がありそうだが、フェアプレーで評価を得てきた日本が他の悪い例を持ち出して正当化したのでは、これまでの実績を自ら否定することに等しい行為だろう。

 ロンドン五輪のバドミントン女性ダブルスで、決勝トーナメントで有利な対戦カードを引き出すために、意図的に負けたとして8選手に失格処分が下ったが、今回は日本へのおとがめなし。同じスポーツでも、五輪とサッカーW杯では、フェアプレーについてはかなりの違いがあるようだ。そこも含めて学校で議論させたら、子供たちはどんな結論を出すのか。(森)