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内なる“優生思想”


 子供の頃、近所にYさんという知能の発達が遅れた女性が、彼女の家族と共に暮らしていた。筆者が小学校の頃、彼女はたぶん30歳前後だったと思う。

 友人たちと遊んでいると、Yさんが「仲間に入れてちょうだいよ」とやって来たので、一緒にかくれんぼや鬼ごっこなどをした。知能は遅れていても、他人に危害を加えるようなことはまったくない女性で、逆にこちらがその容姿をはやし立てたり、意地悪をしたりして面白がった。

 ある日、そのYさんが姿を消した。どこかの施設に入れられたと聞いた。それまで一緒に遊んでいた人が急にいなくなったことに、言いようのない寂しさを覚えた。

 精神障害者に対する国の政策転換がYさんの施設入りと関係があったと知ったのは、高校生になってからだ。東京五輪を7カ月後に控えた昭和39年3月、ライシャワー駐日米大使が右大腿(だいたい)をナイフで刺される事件が起きた。19歳の少年が起こした事件だったが、彼は精神に障害を持っていた。この事件をきっかけに、日本の精神病院の病床が増えていくことになった。

 だからと言って、いつも笑顔を絶やさなかったYさんまで施設に入れる必要はないだろうに、と思った。しかし、その時、ふと彼女の家族のことが頭をよぎった。悪ガキどもに、いじめられる彼女の姿を、親や兄弟が見ていて、平気なはずはない。自分を含め子供たちの心には、彼女を差別する感情がなかったと言えば、嘘(うそ)になる。思春期になった筆者は、自分の考えが甘く、偽善と感じ、恥ずかしく思った。

 旧優生保護法で、強制的に不妊手術を受けさせられたことで、国家賠償訴訟が起こされたが、この問題がつい最近まで表に出て来なかったのは社会に優生思想が根強く残っているからではないか。筆者も含めた日本人一人ひとりに「内なる優生思想」をどう克服するのかという重い課題を突き付けている。(森)