妊娠中の女性に出会って


 先日、朝の通勤途中の電車内でのこと。筆者は優先席近くに立っていたが、右前に立っていた若い女性の様子がおかしい。手すりに頭を付けていると思ったら、急にその場にしゃがみ込んでしまった。「大丈夫ですか?」と声を掛けると、かすれた声で「つわりが…」。女性のカバンにマタニティマークが付いていることに気付いた。

 優先席に座っていた女性が席を譲り、その妊娠中の女性は礼を言って座ったが、しばらく顔を伏せたまま。かなり具合が悪そうだったので、駅に着いた時に「降りますか?」と声を掛けたが、「大丈夫です」と答えるだけだった。筆者も男の身でそれ以上声を掛けることに気が引けて、そのまま三つ先の目的地の駅で下車した。

 帰宅して妻にこの話をすると、中にはひどいつわりで救急車を呼ぶ人もいるという。妻も妊娠中は気分が悪くて、よく横になっていた。それでも妻は生まれた子供に「あなたは、お母さんのお腹(なか)の中にいたんだよ」と、うれしそうに何度も話して聞かせている。母親は宿した子をお腹で育てているのだ。父親も出産に立ち会えば感動はあるが、母親には及ばない。

 母子保健が専門の三砂ちづるさん(津田塾大学教授)が、出産を経験した女性の言葉を紹介している(『女が女になること』藤原書店)。「少しずつ、少しずつ、ゆっくりと赤ちゃんの頭を感じ出すに連れ、わたしのからだは、ふわーっと軽く持ち上がり、どこか宇宙をひとり、ただよっているようだ。…宇宙の塵となって、希望の光の中を漂う…あの体験は、これからもわたしを支え、何かの時にはきっと、わたしの心の鏡を澄んだものにしてくれることだろう」
 女性は出産を通して宇宙と一体化するような、深い喜びと感動の経験をしやすいというわけである。若い人たちにはもっと妊娠出産の感動体験を伝えたいものだ。

(誠)