NPOが担う「社会教育」というミッション


 「汝の国の青年を示せ。然らば汝の国の将来を卜せん」
 アジア人初のノーベル賞受賞者、詩聖タゴールの言葉である。子供たちを無視し、若者たちの存在を抜きに国家の未来を論ずることはできない。間違いなく、彼らは未来の社会の担い手である。今日の社会の担い手もまた、かつての子供たちである。社会の未来のありようを予測し得る最も確かな根拠は、今を生きる若者や子供たちの姿なのである。

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 では、未来を映し出す鏡とも言える今どきの日本の子供たちの実情とはいかなるものか。社会の健全度を診断する指標としてよく使われるのが犯罪率と自殺率である。ここでは自殺率に着目して日本社会の健康状態を診てみよう。

 「平成27年の年間累計自殺者数(23,971人:速報値)は、対前年比1,456人(約5.7%)減」(内閣府)というものの、不名誉な「自殺大国」の呼称が与えられてしまったように、平成24年の自殺率(人口10万人当たりの自殺者数)は23.1で、172カ国中9位(OECD平均の12.4人〈2014年〉と比べていまだに大きい値である)。

 平成10年から平成23年までの13年間は、年間3万人を超える自殺者を数えた。平成21年からは減少傾向に転じ、平成26年は25,427人と、最も自殺者の多かった平成15年(34,427人)と比べて9,000人(26%)減少している。数値の増減で単純には結論付けられないが、日本社会の健康状態はその汚名を返上すべく、平成22年以降は数は減少し始め、幾分回復の兆しを見せていると言えるのかもしれない。

 しかし、年齢層別でみると、いずれの階層も減少傾向にある中で、19歳までの階層の自殺死亡率は横ばいである。つまり、青少年世代の自殺者が減っているとは言い切れないのである。若年層(15~24歳)の自殺率は、1990年代以降上昇し続けた。国際的に比較しても日本の若者の自殺率は高く、欧米諸国が減少傾向を示す中にあっても日本は逆行現象を見せている。日本は若者が自殺する国となってしまっているのだ。

 では、若者たちの自己認識はどのようなものだろうか。日本を含めた7カ国の満13~29歳の若者を対象とした意識調査(我が国と諸外国の若者の意識に関する調査〈平成25年度〉)の結果から見えてくる日本の若者像は、自己肯定感の低さが際立つ。自分自身に対する満足度も45.8%と低い。「うまくいくか分からないことに対し意欲的に取り組む」の項目も52.2%と低く、チャレンジ精神どころか、「つまらない、やる気が出ない」と感じている若者が多い(76.9%)という結果だ。

 心の状態も、「悲しい(72.8%)、憂鬱だ(77.9%)」と感じている若者が多い。社会問題や社会参加に対する意識も低く(44.3%)、自分の将来に明るい希望を持てていない(61.6%)。学校や職場への満足度も低い。働くこと、将来への不安感も強い。一方で、親からの愛情に対する意識や自国人であることの誇り、社会規範に対する意識は諸外国と同程度であり、自国のために役に立ちたいと思っている割合においては諸外国と比べて相対的に高い(54.5%)という結果を見せている。

 「親はなくとも子は育つ」というが、人は独りで生きているわけでも、独りで育つわけでもない。ことわざの真意は、親に代わって世間の人たちが子供たちを見守り、彼らに愛情を注いで育ててくれているということであり、人は社会の中で生きているのだというところにある。

 社会的存在としての人間の人格完成に至るプロセスに、教育は不可欠である。教育には、家庭教育、学校教育、社会教育がある。いずれも大切なもので、それぞれが補完し合う関係にあって、国家百年の大計の核心を担うファクターである。家庭教育においては主に父母がその責任の担い手となろう。学校教育においては教師である。では、社会教育の担い手は誰か。そもそも社会教育とはどのような教育を指して言うものなのだろうか。文科省は「教育基本法は、社会教育の定義について何ら規定していない」とし、狭義においては社会教育を「学校教育及び家庭教育以外の教育」としている。

 社会の機能は3つのセクターによって稼働している。公企業(政府機関)と私企業、そして社会セクターである。第3とも第4ともいわれる社会セクターに該当するのが非営利組織(非営利活動)、いわゆるNPOである。NPOはセクターとしての社会的機能の担い手として、自ずと社会的教育の責任を負う立場に立つ。

 今日の日本社会において重要な役割を担うのが社会セクターといわれる存在である。繰り返すが、社会教育の分野においても社会セクターたるNPO(その文脈から社会起業家による社会的企業も含む)の果たす役割は極めて大きい。NPOは社会の課題解決へのコミットメントを有するがゆえに、社会の牽引車であり、時代の先頭ランナーとならざるを得ないからだ。

 2016年、戦後70年の節目を越えて日本は分岐点に立っている。内に向かうのか、外に向かうのか。日本が真に「世界の日本」となるために、われわれ大人は世界人として生きる日本人を育てる覚悟を持たなければならない。グローバル社会の担い手となる新しい日本を世界に発信していく時を迎えているからである。だからこそ、日本の若者たちの意識を内向きから外向き(インサイドアウト)に転換させ、より良い社会(better world)の創造者に導くための社会教育が必要なのである。可能性はある。若者たちの「自国のために役に立ちたい」という思いは必ずやその苗床となろう。

 子供の危機、若者の危機は国家、社会の危機である。若者が自殺しない国、若者が夢を持てる社会を実現すること、これこそがNPOのミッションなのである。

(NPO法人エンチャイルド理事長)