1965年から85年までの間、NHK・FMで…


 1965年から85年までの間、NHK・FMで放送された「バロック音楽のたのしみ」という番組があった。解説者の一人が音楽学者の皆川達夫さんで、西洋の古楽を系統立てて紹介していた。

 私事で恐縮だが、気流子も、70年代に早朝のひと時、熱心に聴いていた一人だ。そのころ西洋史を勉強していたので、音楽はその社会を知るための非常に大きな手掛かりだと考えていた。

 そこで聴いた曲の一つに、ルネサンス期最大の音楽家ジョスカン・デ・プレ作曲のシャンソン「千々の悲しみ(ミル・ルグレ)」があった。この音楽家の名前を覚えたのもこの番組だった。

 ところで、皆川さんの近著『キリシタン音楽入門』(日本基督教団出版局)を読んで「千々の悲しみ」に再び出合った。豊臣秀吉が1591年、帰国した天正遣欧少年使節と面会し、少年使節の演奏する音楽を熱心に聴く。

 その曲とは何か。皆川さんは想像上の推理だと断って「千々の悲しみ」を提示する。16~17世紀の西洋音楽と渡来した洋楽の比較研究の成果を踏まえ、この曲を特定した。ところで当時の洋楽は、隠れキリシタンのオラショを除けば、弾圧ですべて消えてしまったのだろうか。

 これは少年使節を主題に『クアトロ・ラガッツィ』を書いた美術史家の若桑みどりさんの疑問でもあった。皆川さんは論証と実証に基づいてもう一つ、仮説を提示。筝曲「六段」はラテン語聖歌「クレド」が原曲だと。学問の進歩はすごい。