美術評論家の青山二郎(1979年没)は、伊豆…


 美術評論家の青山二郎(1979年没)は、伊豆の伊東で数日を過ごすだけなのに、茶器一式や掛け軸など大量の荷物を持ちこんだと、文芸評論家の福田和也氏が書いている(『日本人の目玉』ちくま学芸文庫)。

 福田氏はその理由として、美的であることを示すというよりも、休むことを知らずに「美しい物」を見ざるを得ない青山の「眼」の厄介さを指摘する。

 作家の舟橋聖一にも青山と似た話があったのを読んだ記憶がある。しかし舟橋はともかく青山については、美へのこだわりが幸福なものではなく、むしろ厄介だと指摘されるしかないものだったことが興味深い。

 青山の批評は辛辣(しんらつ)かつ正確だったとも福田氏は言う。理由として「青山には虚栄や嫉妬がないから、彼の評価は誰もが認めざるを得ない」としているのが面白い。無職の財産持ちだったので、他人に顧慮する必要がなかったという面はあっただろう。

 結果、河上徹太郎、中原中也、大岡昇平、永井龍男といった気難しい連中も、青山にはヒザを屈したと福田氏は続けている。世の中の全ての金持ちが虚栄や嫉妬を免れているとは言えないのだから、青山特有の問題があるのかもしれない。

 気になるのは、青山にヒザを屈したメンバーの中に、盟友の小林秀雄の名前がない点だ。福田氏が小林の存在を忘れることはないだろうから、そこには何か違った要因が働いている可能性もある。それはそれで面白い。