明治38年のきょう10月6日、夏目漱石の『吾輩…


 明治38年のきょう10月6日、夏目漱石の『吾輩ハ猫デアル』が大倉書店から出版された。同作は「ホトトギス」に連載されて好評を博し、同誌の発行部数を一気に増加させた。連載はまだ続いていたが、5回目までを初版に収録した。

 同書は漱石の文名を大いに高めた出世作であることはもちろん、出版文化史上においても画期的なものだった。菊判・290頁、天金で、本文はペーパーナイフでカットして読み進む洋書の体裁を採用した上製本だった。

 本の体裁や装丁には漱石自身が深く関わった。表紙は薄クリーム色の鳥の子紙が使われ、中央に橋口五葉のデザインによる書名が金箔で押され、猫2匹の図案が朱色で描かれている。紙の選定、五葉の起用などは漱石の発案である。

 五葉のデザインは日本風アールヌーボー調とも言うべきもので、これは漱石がロンドン滞在で培った美感だった。漱石の書物愛、出版文化への見識が表れていると言えよう。初版は発売20日間のうちに売り切れた。

 本は書かれた情報だけでなく、本自体がその美術的、工芸的価値を有する。特に文芸書の装丁などは、文章で表現された美的、情的な世界と分かち難いものだ。

 最近出版される本の装丁は、美術的な味わいのあるものが少なくなった気がする。もちろん出版社は苦心しているだろう。ただ電子書籍などが幅を利かせ、情報性と利便性が追求される中、そんな傾向が強くなっているとすれば残念だ。