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1909年に伊藤博文がハルビンで暗殺された時…


 1909年に伊藤博文がハルビンで暗殺された時、懐に忍ばせていたという本がある。米国のイエール大学講師の朝河貫一が書いた『日本の禍機』という時事問題を論じた著作だ。

 日露戦争後、日本が直面している危機の一つについて論じた時事評論。当時の満州と韓国での、私欲をむき出しにした官民挙げての日本の行動について、欧米の日本を見る目の変化を紹介し、危惧の念を表明したものだ。

 「このような外交を継続するなら必ず米国と衝突せざるを得なくなる」と警告し、政策の転換を求めた。この著書の現代語訳が樽井保夫さんによってなされ、朝河貫一博士顕彰協会事務局から昨年刊行された。

 今年は朝河没後70周年の年で、記念事業の一環である。朝河は日欧の比較封建制研究の道を開いた世界的歴史学者であり、同大学では東アジア関係図書の購入責任者として日本研究の基礎をも築いた。

 日露戦争から第2次世界大戦に至るまで、日本の外交政策に対して著作や書簡でさまざまな批判を行い、39年にはドイツの敗北とヒトラーの自殺まで予言していた。だが、日本で注目を浴びるようになるのは近年のこと。

 彼の知の理想は何だったのか。今月21日と22日の両日、早稲田大学大隈講堂で、朝河貫一没後70年記念シンポジウム「朝河貫一―人文学の形成とその遺産―」が開催される。早大は朝河の母校で、大隈重信は恩師。多岐にわたる朝河研究の最新の成果が紹介されるだろう。