「人狼(じんろう)ゲーム」というものがある…


 「人狼(じんろう)ゲーム」というものがある。ゲームはともかく、人狼という言葉が何とも不気味だ。百科事典を見ると、人狼はヨーロッパ中世の被差別民を指す用語だった。

 「狼顧(ろうこ)」という語もある。『三国志』時代の中国で使われた。曹操の部下だった司馬懿(しばい)は「狼顧の相」と言われた。それを知った曹操が彼に前を歩かせて振り返らせたところ、顔だけが真後ろを向いて、身体は前を向いていたという。公式の歴史書に記載があるとのことだ。

 司馬懿はよく言えば極めて優秀、悪く言えば狡猾(こうかつ)な人物とされる。狼顧とは「狼のように恐ろしい人物」という意味だ。最高権力者の曹操も一目置いていたのだろう。

 その司馬懿も、諸葛孔明は苦手だった。司馬懿の属する「魏」と孔明が軍師を務めていた「蜀」の戦闘のさなか、孔明が病死した。これを知った司馬懿が、孔明なき蜀軍は恐れることはないと考えて攻めかかったところ、蜀軍が反撃の構えを見せた。

 孔明の死は自分を陥れる策略、と勘違いした司馬懿は撤退した。「死せる孔明、生ける仲達(司馬懿)を走らす」の故事は、1800年近くたった今でも知られる。「走らす」が分かりにくいが、「撤退するように仕向ける」の意味だろう。

 孔明の死の5年後、倭国の女王である卑弥呼が魏に使節を送った。曹操は既に亡く司馬懿は健在だったが、使節が彼と対面したかどうかは分からない。『三国志』の英雄らと卑弥呼が同世代人だったことが面白い。