静岡県の旧相良町(牧之原市)は日本有数の…


 静岡県の旧相良町(牧之原市)は日本有数の茶の産地として知られる。温暖な牧之原台地の南部で栽培が盛んだ。深蒸し煎茶が農林水産大臣賞を受賞したこともある。ここでも茶摘みが始まった。

 この町を作家の故村上元三さんと訪ねたことがあった。小紙に連載する『田沼意次』を書くための取材だった。新米記者だった気流子に「取材の仕方を学んでください」と夫人が語った。

 連載の進行中に「相良茶を取り寄せてもらえませんか」と依頼され、茶を取り寄せた。間もなくその理由が分かった。意次は相良藩の藩主となり、城を築き、街道や港を整備する。その相良藩を舞台にした場面に移ったからだ。

 相良茶を東京で飲みながら、物語の構想を練ったらしい。小説の中に若一王子神社や八幡宮の宮司、平田寺や般若寺の住職、町名主などが登場する。町長はじめ会った人々の雰囲気がそこに写し取られていた。

 村上さんは、会話を交わした人物たちもさりげなく取材していたのだ。地元の人々にとってみれば、住んでいる町の昔の姿を生き生きと描いてくれたわけで、連載中、愛読しているという現地の声も聞くことができた。

 「上様へ、わしから相良の茶を献上できるように、せいぜい努めてくれ。江戸にて相良の茶、一手に扱う店を設けることだな」。意次が廻船(かいせん)問屋に語った言葉だ。茶がうまいとか、特別な言及こそないが、この一節こそ、村上さんの相良茶への賛辞だった。