世界日報 Web版

今月初頭に表面化したビートたけしさんの…


 今月初頭に表面化したビートたけしさんの独立騒動は、早くも収束に向かっているようだ。それでも、いったん深刻な亀裂が生まれたという事実は変わらない。「みえない関係がみえはじめたとき/かれらは深く訣別している」(吉本隆明「少年期」)という詩がある。騒動を見詰めながら、60年以上前の作品を思い出した。

 当初は「みえない関係」だったが、何かの機会に「みえる関係」になってしまった。この種の紛争はどこでもしょっちゅう起こっている。騒動になったのは、たけしさんという特別に大きな存在があったからだ。

 さりとて、双方の関係者がことさら対立を起こそうとした気配は感じられない。誰もが、やるべきことを普通にやっていたように見える。

 互いに気付かぬまま「みえない関係」が「みえる関係」へと成長していた。ズレや齟齬(そご)や食い違いが少しずつ蓄積された、ということのようだ。

 しかし、いったん「みえる関係」になってしまえば、それまでとは違った局面が生まれる。関係者双方で「彼が変わったのは、あの件がきっかけだったか?」などという腹の探り合いが始まる。

 「一寸先は闇」は人間世界の現実だ。いつ、どんなきっかけで、どんな対立が生まれるかは予測できない。収束の流れが短時間で生まれたのも、対立者同士の了解関係が完全に断たれたわけではなかったためだろうか。和解の方向に向かったのも、違った意味での「一寸先は闇」だ。