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平昌五輪に限らない。特に若いスポーツ選手の…


 平昌五輪に限らない。特に若いスポーツ選手の口から、競技を「楽しむ」という言葉が出るようになった。20~30年前ごろまでは「楽しむ」が出てくることはほとんどなかった。「苦しい」が普通で「楽しむ」は「厳しさが足りない」ことの証明と受け止められた。

 「苦しむ」から「楽しむ」への変化が起こったと言っていいが、背景はいろいろありそうだ。根性中心主義から科学的な練習への流れが生まれた。国際化の中、日本のスポーツの在り方が見直されたということもある。

 もちろん、スポーツ競技が「楽しい」ばかりでないのは当然だ。スポーツも、囲碁や将棋も戦争をゲーム化したもの。そのことを考えれば「楽しむ」などと軽々しく言えるものではない。

 それでも戦争はともかく、スポーツには「楽しい」ところがあるからこそ、五輪選手はその競技を始めたのだろうし、それは昔のスポーツ選手も同じはずだ。

 昔の「楽しいが苦しい」から、昨今の「苦しいが楽しい」という変化の結果、テレビカメラの前で自然に「楽しむ」という言葉が出るようになった。

 そういえば、スポーツ選手は話すことが上手になった。スポーツは身体能力を示すものだから、言語表現が得意である必要は必ずしもない。昔のスポーツ選手は寡黙で、話すことも下手な人が多かった。ところが昨今、スポーツ選手はいい意味で雄弁になっている。雄弁と「スポーツを楽しむ」は、どこかでつながっているようだ。