「世の中には20万種類以上の香り物質があり…


 「世の中には20万種類以上の香り物質があり、これらの物質を組み合わせることで別の香りを作り出すのが『調香師』と呼ばれる人たち。地味だが専門職で、その『香水』が当たれば一攫千金も可能だという」。

 ベストセラー作家、内田康夫氏の作品『幻香』の一節だ。「香」は香水の香り。華やかな香水産業の裏側、熾烈(しれつ)な開発競争の暗部に迫り、お馴染(なじ)みの浅見光彦探偵が活躍するミステリーだ。

 香りの世界の謎は深いということだが、その「匂い」「嗅覚」について先頃、重要な科学的発見があった。理化学研究所多細胞システム形成研究センターの今井猛チームリーダーらが米科学誌に発表した。

 これまで匂いなどの情報伝達は脳内の神経細胞の電気活動(発火)によるものであることは分かっていたが、匂いの識別根拠については明らかではなかった。今井リーダーらはマウス実験を繰り返し、識別について発火の「頻度」でなく「タイミング」がポイントであることを示した。

 つまり、匂いを嗅ぐという行為において、その意思、意図(動物であれば本能)を持った主体的な働き掛けが、匂いの安定的な識別に決定的に影響することを突き止めた。他の感覚器が情報を識別する仕組みの解明も期待できるという。

 今も調香師たちは、新しい香りの発見や創作にしのぎを削っている。機械にはない人間や生物の卓越した能力の根拠が今回、科学によって示された素晴らしい発見だ。