「秋灯やなす事ありて文机」(藤田春梢女)…


 「秋灯やなす事ありて文机」(藤田春梢女)。暑い日が続いたと思っていたら、いつの間にか秋の気配が濃厚になっている。セミよりも秋の虫の声が聞こえてくる方が多い。

 夜も夏用の寝具で寝ていると寒さで目覚めることも少なくない。毎日のようにクーラーのお世話になっていたのがウソのようだ。

 秋は「読書の秋」と言われる季節だ。確かに、読書に没頭できる涼しさは心地よい。最近は文庫や新書など手軽なものを読むことが多かったので、この際、重厚なテーマの本にも手を伸ばしたい。

 『知的生活の方法』の著者である故渡部昇一氏のエッセーで、書斎に初めてクーラーを入れた話を読んだ記憶がある。それまでクーラーなしで執筆や読書をしていたのが、格段に快適な環境になって知的生活の向上ができると喜んでいた記述が印象的だった。

 渡部氏は、知的なものへの貪欲な追求とストイックな姿勢が強く感じられる知識人である。その渡部氏がクーラーの効用に感激したのは、よほど暑さに参っていたのかもしれない。

 読書の秋とはいうものの、最近は紙の本の低迷と限界が指摘されている。若者の活字離れは、だいぶ前から言われているが、パソコンやスマートフォンの登場が知的文化の構造を変化させていることは間違いない。電車では、乗客のほとんどがスマホの液晶画面に見入っている。読書の秋を表すのによく使われる季語「灯火親し」を、死語にはしたくないものである。