かつてポルトガル人が「フォルモサ(麗しの…


 かつてポルトガル人が「フォルモサ(麗しの島)」と呼んだ台湾を訪ねた。ポルトガル人の命名は、船の上から台湾島を眺めた時の印象によるものだろう。台北近くの桃園国際空港から市内に向かう途中、緑濃い小山を見て、なるほどと思う。

 亜熱帯のモンスーン気候で雨が多く、さらに高い山々がある。当然、水害も少なくないが、この豊かな水をうまく管理すれば高い農業生産性が見込める。

 それを成したのが、日本統治時代、総督府の技師として台湾南部に烏山頭ダムを建設した八田與一だ。八田はさらに全長1万6000㌔に及ぶ灌漑(かんがい)用水路網を張り巡らせ、この水利システム嘉南大●〈=土へんに川〉(かなんたいしゅう)によって不毛の土地であった嘉南平野は穀倉地帯となった。

 ダムの周辺には、八田の偉業を顕彰する記念館や公園が整備されている。4月にダムを見下ろす丘の上にある八田の銅像の首が反日的民族主義者に切られる事件があったが、それもきれいに修復されていた。

 現地に行って驚くのは、その事業のスケールの大きさだ。ダムはセミ・ハイドロリックフィルという工法で建設され、コンクリートをほとんど使っていない。見た目にも自然にも優しく、この工法のダムとしては唯一現存するもの。

 地元では嘉南大●〈=土へんに川〉の世界文化遺産登録を目指している。台湾が国連加盟国でないことが登録のネックとなっているようだが、その価値は十分ある。日本がサポートすることはできないだろうか。