ベテランとは豊かな経験と優れた技術を持つ…


 ベテランとは豊かな経験と優れた技術を持つ人のことで、登山界でもこの言葉がよく使われる。だがベテランだからといって、その人物が決して遭難事故を起こさないとは限らない。

 登山家の遠藤由加さんは18歳で登山を始め、徹底した訓練を受けて、5年後の1988年、ヒマラヤの8000㍍峰に無酸素で登頂した経歴の持ち主。著書『青春のヒマラヤ』に体験を記した。

 その中で11月の富士山で遭遇した悲劇について記している。彼女はアイゼンを着けピッケルを持って登るのだが、同行のベテラン先輩はそれらを持たない。彼女がアイスハンマーを渡そうとすると「必要ない」との返答。

 予定地に到着し、2人は下に置いてきたザックを上げるために再び下降。先輩は道を外れてまっすぐ下って行き、彼女も付いて行く。が、先輩はスリップし、バウンドし、どこまでも滑り落ちて命を失った。

 他人からベテランと言われる人も、こうした事故を起こすことがある。栃木県の那須温泉ファミリースキー場で発生した雪崩で高校生ら8人が死亡した。引率教員は登山指導の“ベテラン”。

 大雪で登山は中止されたが、ラッセル訓練に変更された。前日から大雪注意報が発令されていたので、講習会中止の判断もあり得た。自然界は常に変化し続けていて、登山する人が直面するのは未知の世界。過去の無事故は安全の保証にならず、全能力の駆使による判断が不可欠なのだ。