「見しことのなき狼を恐れけり」(作者不詳)…


 「見しことのなき狼を恐れけり」(作者不詳)。「見たことはないが、山へ入ると狼に出会うのではないか、という恐怖に襲われる」という意味だ。これは俳句なのだろうか?と思いながら歳時記を見ると、狼は冬の季語だった。立派な俳句作品だったのだ。

 狼(ニホンオオカミ)は明治38年、奈良県で死んだものが最後とされる。以後100年以上たつが、発見例はない。狼の絶滅については、明治43年に刊行された柳田国男著『遠野物語』(41話)に記述がある。

 季節は秋、時間帯は夕方。峰の方から何百とも知れぬ狼が下って来た。怖かったので、目撃者は木に登って難を逃れた。それ以降、遠野では狼が激減した、という話だ。

 集団死の前兆を示したもの、との動物学者の見解がある。イヌ科の動物がかかりやすいジステンパーなどによって大量死した可能性も指摘される。

 日本では絶滅したはずの狼だが、目撃談が時々現れる。平成24年にNHK教育テレビで放送された番組によれば、平成8年に奥秩父での目撃例がある。この時は、目撃者が写真撮影にも成功しているが、狼かどうかの決め手は骨の形によるようで、動物学者も写真だけでは判定できないという。

 秩父には狼を祀(まつ)る神社が21ある。狼は神そのものではなく、神の使いとされる。日本全国に分布していたから、秩父に限らず、人間の目の届きにくい深山に、今もなお生存している可能性は否定できない。