第29回三島由紀夫賞(新潮文芸振興会主催)は…


 第29回三島由紀夫賞(新潮文芸振興会主催)は、蓮實重彦氏(80歳。文芸批評家、フランス文学者、映画評論家、元東大総長)の『伯爵夫人』に決まった。都内で開かれた受賞記者会見での蓮實氏の発言が話題になっている。

 「受賞についての心境は?」というおなじみの質問に対しては「心境という言葉は自分の中に存在しない」との回答。心境は自分の言葉ではない。自分の中に存在しないものについては語らない、という答えだ。

 自分の言葉でしか語らないというのは、文学の世界にあっては自明のことなのだが、メディアの世界では「気難しい」と思われる。「私を選ぶのは暴挙」との発言も、「うれしい」と答えるのを期待する側には「尊大」と受け止められる。

 賞を辞退する選択もあったのでは? との質問には「お答えいたしません」。答えるのが当然、と思い込んでいるメディアとは全く噛(か)み合わない。「バカな質問はやめていただけますか」との発言に至っては、あまり聞いたことがない。

 だからこそ話題になったのだが、「本物の文学」とメディアの世界はそれほどにも懸け離れている。メディアは世間を代表するが、文学は世間から遠いところで成立している。

 「本物の文学」は昔からそうだったし、今後もそうあり続けるだろう。今回の騒ぎは、世間に対して少しも妥協しない文学者が、今の時代にもいたことを示した珍しい一例だ。