「ありきたりの、どこにでも転がっているものを拾い集めるとは、私の写真行為そのものだ。… 


 「ありきたりの、どこにでも転がっているものを拾い集めるとは、私の写真行為そのものだ。しかし、本人にとってそれらは決して屑などではない。実は『宝さがし』のような興奮をともなう、厭くことない発見なのである」。

 国内外で高い評価を得ている写真家、須田一政さんの個展「凪の片」が東京都写真美術館で開かれている(12月1日まで)。「写真行為」についての言葉はシリーズ「物草拾遺」に寄せたもの。

 須田さんは1940年、東京・神田の生まれ。写真活動50年目だが、撮り始めた頃に写したのも日常風景で、神田、上野、浅草を歩く小さな旅を繰り返し、シャッターを切り続けた。

 作品には不思議な味わいがある。日常を写していながら非日常を捉えているようであり、異なった次元の世界を見せてくれているかのようだ。76年「風姿花伝」で日本写真協会新人賞を受賞。

 写真評論家の田中雅夫さんはこの作品集を見て、作者を能舞台に登場する「ワキ」に例えて論評。ワキの僧は諸国を旅しながら、その地で妄執を持ったまま亡くなった者の霊に出会う。ワキはその探求者なのだ。

 須田さんは「旅をそう感じていたわけではないが、言われて嬉しかった」と回想する。今、住んでいるのは千葉。その風景を収めた「凪の片」について「一瞬一瞬の移り行く時の流れが、時間のない茫漠たる世界の一片にすぎないのではないかと思えてきた」と述べる。