哀れな、余りにも哀れな北の女たち


 故金正日総書記の実妹であり、処刑された張成沢国防副委員長の夫人、金敬姫(朝鮮労働党政治局員)が死去したというニュースが流れている。金敬姫の死亡説は過去にも何度か報じられたことがある。夫人はアルコール中毒であり、満身創痍の状況だったといわれる。娘時代、「結婚できなければ死ぬ」と父親・故金日成主席を説き伏せて結婚した夫の張氏は先月、甥の金正恩第1書記によって無残な最期を遂げたばかりだ。

 その直後、金夫人はショックから心臓発作で急死したというニュースが流れた。故金総書記の死去2年目の追悼集会に参席せず、遺体が葬られている錦繍山太陽宮殿にも姿を見せなかったことから、死亡説は現実味があった。そして今年に入り、韓国の朝鮮日報が韓国政府関係者筋として同夫人の死去を報じた(事実は依然不明)。

 1946年生まれの金敬姫と張成沢の間には一人娘、張琴松さんがいたが、張琴松さんはパリ留学中、好きな相手との結婚に反対されたことを憂い、自殺している。張琴松さんの遺体が高麗航空の特別機で平壌に引き取られたと聞いたことがある。
 母親が娘時代、ハンサムだった張成沢を愛し、父親に結婚の許しを強く求め、その願いを果たした。一方、その娘は結婚がかなわないことを悟り、自殺した。母娘は愛する相手と結婚するために戦い、母は結婚したが、悲惨な夫の最後を目撃せざるを得なかった。娘は愛を全うできないことに絶望し、自ら命を絶った。金敬姫とその娘が北に生まれず、独裁者のファミリー一員でなかったならば、全く別の人生を歩むことができたかもしれない。

 8日は金正恩第1書記の誕生日だった。3年間の喪の期間は自身の誕生日を民族の祝日にしないという。30歳の第1書記は叔父を処刑し、叔母も失った。自身の取り巻きの親族は限られてきた。父親・金正日総書記は晩年、自身の健康の衰えを感じはじめた頃、親族関係者を周りに集めようと腐心したことがあった。金総書記は海外資金問題では親族関係者以外、もはや誰も信用していないといわれたほどだ。その金総書記も70代に入る前に死去した。一方、金正恩氏には親族関係者と言えば、兄(正哲)、妹(金汝貞)しかいない。金第1書記は叔父を処刑したことをひょっとしたら一人で悩んでいるかもしれない。最側近の崔竜海軍総政治局長を最後まで信頼できるか。父親を失い、叔父夫婦を自身の手で抹殺した。この自責の念は予想外に大きいはずだ。

 「北の独裁者ファミリーのことなど心配する必要ない。満足に食事もできない大多数の北の国民の実情にこそ同情すべきだ」といわれるかもしれない。当然の指摘だ。北の国民こそ3代継承された金ファミリー独裁政権の最大の犠牲者であることに疑いはない。しかし、独裁者ファミリーの人生を考えると、彼らもやはり幸せではない事が分かる。自業自得かもしれないが、やはり、哀れな、余りにも哀れな人生だ。特に、女たちの人生は悲しい。

 当方は「叔父処刑後、金正恩氏のトラウマ」というタイトルのコラムを書いた。金第1書記の精神状況を本当に懸念している。金第1書記が暴発する前に北を何とか解放できないだろうか。それもソフトランディングしなけれなならないのだ。

(ウィーン在住)