ノートルダム・コレクション


地球だより

 パリのノートルダム大聖堂の大火災では、パリ消防隊の懸命な消火作業により、被害は最小限に抑えられた。収蔵されていたイエス・キリストのいばらの冠などを含め多くの宝物が難を逃れた。

 中でも聖堂内の壁面を飾っていた高さ5メートルを超える巨大絵画を含む13点の絵画が、無事にルーブルに搬出されたことで安堵が広がった。大量の煙と火災による熱が、どの程度作品にダメージを与えたのか、今後時間をかけてルーブルで検証され、修復予定という。

 実はルーブル美術館も火災ではないが、1938年にドイツとの開戦の可能性が高まる中、収蔵品の退避が検討され、実際翌年には3690点がパリから遠く離れたシャンボール城や修道院を転々としたことを考えると、ノートルダム大聖堂からルーブルへの今回の移動はシンプルだったと言える。

 筆者は1994年に起きた仏西部レンヌ市内のブルターニュ議事堂火災の時、現場にいた。屋根部分が全焼し、見物人は涙を流していた。17世紀に建てられた旧高等法院の建物は、ブルトン人(ブルターニュ地方に住む人)たちの心の拠り所だったからだ。

 火は、建物内部に飾られていた悲運の王女アンヌ・ド・ブルターニュが、フランス王シャルル8世と婚姻させられる場面が織られたタピストリーを灰にしてしまった。

 その後、パリ近郊の工場で原画をもとに再生が試みられたが、またも火災に見舞われ、再生中のタピストリーが燃えるという謎めいた事件があった。

(M)