龍山公園への期待


韓国紙セゲイルボ・コラム「説往説来」

 龍山(ヨンサン)は周辺の山の形が龍に似ているといって付けられた地名だ。昔から名勝地で、ソウルの中心部につながる道の要所として戦略的な要衝地だった。

 13世紀に高麗に侵入した蒙古軍が兵站基地として使い、開港以降は近代文物の輸入通路となり、1882年に日本主導の改革に不満を持つ旧制度の軍人たちが起こした壬午軍乱の時は清の軍隊の駐屯地となった。日清戦争の時に日本軍が定着し始めて朝鮮駐屯日本軍司令部の基地となった。日本統治からの解放後は米軍が入り、韓国動乱の後は在韓米軍司令部の基地に変わった。詩人の朴永根が「鉄条網のさび付く高い塀の中に/非武装の木々が/鳥小屋一つ守っている」(『龍山で1』)と詠った場所だ。

 軍事基地なので開発の嵐が及ばず、これから公園に変貌していく。1988年の米韓両国の軍事施設移転合意に従って龍山公園化計画が進められ、2000年には政府が龍山基地の公園化を宣言した。米軍が京畿道の平澤基地への移転を完了する来年から段階的に公園の造成工事を始め、27年に事業を完了する計画だ。ソウル市はこれとは別に龍山基地を国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録するための準備作業を行っている。帝国主義時代と冷戦時代の痕跡がそのまま残っている龍山という場所の意義が再評価される契機となるはずだ。

 龍山公園の設計公募展で当選した建築家の承孝相(スンヒョサン)氏とオランダ出身の造園家アドリアーン・ヘウゼ氏の共同設計案は「未来を志向する癒しの公園」を目指す。それにもかかわらず国土交通部(部は省に相当)は今年4月、公園内の既存の建物を活用したり建物を新築して中央省庁の各種施設を造る方案を発表して世論の激しい非難を浴びた。国土交通部は一昨日、これを撤回して新しい建物を造らないことにした。27年までに公園の基本的な枠組みと土台を整え、コンテンツは数世代にわたって完成させていく方針だ。やっといい方向性をしっかり定めたようなので幸いだ。

 青写真もなく、むやみやたらに膨張したソウルの中心部に巨大な緑地を造る空前絶後の事業だ。生態公園という造成理念に忠実な公園となることを期待したい。米ニューヨークのセントラルパークを設計した造園家フレデリック・オルムステッド氏は「都市は悪であり公園の自然は善」だと言っている。龍山公園は都心の中の自然として位置付けられるべきだ。(11月30日付)

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。