“欧州のトランプ氏”は1人でない


 不動産王ドナルド・トランプ氏の入国禁止が決定していたら、文字通り漫画チックな展開となるところだった。外電によると、英下院は18日、イスラム教徒入国禁止発言をしたトランプ氏の英入国禁止問題を協議した末、英保守派らの反対が多数を占めて、同氏の入国禁止処置は見送られたという。

 トランプ氏は昨年12月7日、「イスラム教徒の入国を禁止すべきだ」と表明し、国内外で批判の声が飛び出したことはまだ記憶に新しい。同氏の提案は当時、カリフォルニア州で発生した銃乱射事件の犯人がイスラム教徒だったことなどと関連していたという。

 同氏の表明は有権者の獲得を狙ったプロパガンダ的性格が強く、その内容を真剣に討議する価値があるかは分からないが、特定の宗教をターゲットにその信者への入国禁止は米国の憲法に明らかに反するし、「宗教の自由」を蹂躙する内容が含まれている。トランプ氏の反イスラム教徒発言に対し、欧米諸国の中には、暴言を頻繁に発するトランプ氏を危険人物として入国を禁止しようという動きが一部でみられるわけだ。

 ところで、米国内のイスラム教徒人口は全体の約1%に過ぎず、約350万人と推定されている。米国のワシントンDCに拠点を置くビュー研究所が発表した数字だ。選挙戦略の立場から言えば、トランプ氏の表明内容は国民の1%を敵に回すかもしれないが、99%の国民には直接関係無いか、ひょっとしたら支持される可能性があるテーマだ。

 ただし、同研究所によると、2050年までにイスラム教徒の数は現在の倍に増加すると予想されている。その理由は移住者の増加とイスラム教家庭の出産率が他の宗派の平均出産率より高いことなどが指摘されている。米国へ合法的に移住する者の約10%がイスラム教徒だという。

 イスラム教は今世紀中には世界最大宗教に躍進するという。米国内でイスラム教徒の数が増加していけば、トランプ氏のような反イスラム教発言は自制しない限り、政治家は選挙で勝利できなくなるわけだ。

 目を欧州に移すと、北アフリカ・中東から多数の難民、移民が殺到する欧州では難民受入れ制限の動きが加速化している。その主因は難民の数が多く、収容しきれないという外的な事情だけではなく、独ケルン市駅周辺で大晦日に発生した外国人による集団婦女暴行事件が大きな影響を与えている。特に容疑者の中に難民申請者がいたという報道は欧州国民に難民受けれへの警戒心を高めている。昨年の「パリ同時テロ」事件にも実行犯のテロリストの中には難民を装って欧州入りした者がいたことが判明するなど、難民のイメージは昨年夏と比較すれ非常に悪化している。

 問題は、難民、移民の大多数がイスラム教徒という事実だ。スロバキアのロベルト・フィツォ首相は、「わが国はイスラム教徒の難民は受け入れない」と発言しているほどだ。興味深い点は同首相の発言を“欧州のトランプ発言”と報じ、糾弾する動きは見られないことだ。すなわち、スロバキアを含む欧州では、フィツォ首相の発言は決して好ましくないが、欧州国民の本音を言い当てているといえるわけだ。

 仏人気作家ミシェル・ウエルベック氏の最新小説「服従」(独語訳タイトル)のストーリーが現実味を帯びてくる。小説の内容は、2022年の仏大統領選でイスラム系候補者が選出されるという話だ。著者は、カトリック国フランスでイスラム系大統領が選出されるという皮肉な結果をシニカルに描き、大きな反響を与えていることはこのコラム欄でも紹介済みだ。

 欧州に殺到する難民・移民問題は、少子化に陥った欧州の労働力確保といった楽観的な経済的対応ではもはや解決できない。欧州全土の文化的・社会的変革を誘発する時限爆弾を抱えているからだ。欧州諸国の間で難民・移民の公平な分担が難しいのは、一部の政治家の頑迷さが障害となっているからではなく、欧州のイスラム化という悪夢が日々現実味を帯びてきていることに、欧州人の無言の抵抗が潜んでいるからではないだろうか。

 トランプ氏のイスラム教徒入国禁止案はイスラム教徒が人口1%の米国での発言だ。一方、欧州ではユーロ・イスラムと呼ばれる世俗化イスラム教徒の数でも1400万人を超える。欧州のイスラム化の恐れは非常に現実的だ。欧州のメディアもイスラム・フォビアや外国人排斥運動へ警告を発するが、欧州各地でイスラム追放を叫ぶ政治家が選挙の度に躍進している。欧州ではトランプ氏は1人ではないのだ。

(ウィーン在住)