メガネの日


韓国紙セゲイルボ・コラム「説往説来」

 「視力がだんだん落ちてきて経典の文字は眼鏡でなければ読みづらい」「眼鏡を掛けて朝廷に出れば見る者たちが驚くだろうから、6月に自ら行う政務も実行は難しいだろう」

 朝鮮第22代王の正祖(チョンジョ)が晩年に大臣たちに語った言葉が『朝鮮王朝実録』に記録されている。ひどい近視だった王も不便を感じたのがメガネだ。「これを掛けて朝廷で国事を処決すれば人々が変に思うだろう」とまで語るのはただ事ではない。

 13世紀に欧州で発明され、印刷術の発達とともに急速に普及したメガネがわが国に入ってきたのは16世紀と推定される。当時の人物である鶴峰・金誠一(鶴峰は号)の子孫の家で、鶴峰のものと伝わるメガネが発見されているが、これが国内最古のメガネだ。

 わが国では18世紀以前は広く普及していなかった。正祖の言葉のように、人々が集まる場所や年長者の前ではメガネを使ってはならないという礼法が問題だった。憲宗(ホンジョン)(第24代王)の母方の叔父が眼病のためメガネを掛けて参内したら王が激怒したという話がある。反対に、朝鮮末期に外交・財政顧問を務めたドイツ人のメレンドルフは高宗(コジョン)(第26代王)に謁見(えっけん)する時、強い近視であるにもかかわらずメガネをとって三跪九叩頭(跪〈ひざまず〉いて両手をつき頭を3度地につけるお辞儀を3度繰り返す清の礼法)し、王の好感を得たという。

 当時は最高級の水晶を削って作ったのでメガネの値段も大変高かった。19世紀末に朝鮮を探った本間久介が見聞内容を記した『朝鮮雑記』に「韓人は万事にケチなのに眼鏡に大金を投資するのは不思議な風俗」だと書いたほどだ。本に親しんだ民族なのでメガネに対する関心が格別だったのだ。

 今はメガネを掛けた大人や学生が大変多く、就学前の子供も珍しくない。かつて急成長したメガネ産業はコンタクトレンズやレーシックに押されて停滞したが、最近になって若者たちのファッションアイテムとして定着し、活路を見いだしたという。

 わが国のメガネ産業のメッカは大邱だ。韓国眼鏡産業支援センターによると全国の眼鏡製造業502社の85%に当たる425社が大邱に集中している。解放直後の1945年、わが国の最初の眼鏡工場が設立されたのも大邱だ。眼鏡産業70年を迎えて大邱で『メガネの日』が制定された。韓国光学工業協同組合の設立日5月9日がその日だ。多くの人々の日常用品になったメガネを記念する日ぐらいは法定記念日にしてもいいようだ。

(3月21日付)

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。