民主主義が失ってきたもの


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当方宅から見たウィーンの夕焼け(2014年12月、撮影)

 今年の政治分野での最大の出来事はやはりロシアのウクライナ・クリミア半島併合だろう。ロシア側の一方的な国境線変更に対し、欧米社会は「戦後の国際秩序を破壊する行為」として、ロシアを批判し、対ロシア制裁を実施中だ。

 中東・北アフリカ地域では、イスラム教スンニ派過激派勢力「イスラム国」(IS)がカリフ性イスラム国家の建設を宣言し、シリアとイラクの一部を武力で占領する一方、少数宗派の国民を虐殺、欧米の人質の首をはねるシーンをビデオで流し、国際社会を威嚇している。

 2010年に始まった中東・北アフリカの民主化運動(通称・アラブの春)では4年後の今日、「ムスリム同胞団」を中心とした民主化運動はチュニジアを除いて挫折し、エジプトで軍事政権が復帰するなど民主化は大きく後退し、リビアやシリアで内戦状況が続いている。

 一方、欧州では、極右派政党が国民議会選や欧州議会選で大躍進した。その背景には、欧州社会が移住者・難民の殺到で苦慮し、解決策を見いだせないでいるからだ。極右派政党は「わが国がファースト」という外国人排斥政策を標榜し、国民の支持を得ている。

 例えば、独ドレスデン市で毎月曜日、反移住者、反イスラム教のデモが開催されている。主催者は「西洋のイスラム教化に反対する愛国主義欧州人」( “Patriotischen Europaer gegen die Islamisierung des Abendlandes” (Pegida)だ。12月29日は2万人近い市民が市内をデモ行進したばかりだ(「独の「反イスラム運動」はネオナチ?」2014年12月17日参考)。

 ちなみに、プーチン大統領はフランス、ベルギー、オランダ、オーストリアなどの極右派政党に政府系銀行(FCRB)を通じて資金を提供し、人的交流を重ねている。プーチン大統領の狙いは欧州の極右派政党を通じて、対ロシア制裁を実施するブリュッセルに影響を駆使することだ(「プーチン大統領の“新しい”友達」2014年11月30日参考)。

 プーチン大統領の挑戦を受けた欧州は今日、対ロシア制裁で分裂している。制裁強化を通じてプーチン大統領の強硬路線を変えられると信じるメルケル独首相を筆頭とする制裁支持派と、制裁ではロシアを屈服できず、逆にプーチン大統領の軍事重視政策が暴発する危険が高まるという慎重論で分かれているのだ。
 独週刊誌シュピーゲルによると、欧州連合(EU)の盟主ドイツ内でも、制裁推進派のメルケル首相と慎重派のシュタインマイヤー外相で路線が対立している。シュタインマイヤー外相は「制裁でロシアを屈服できると信じるのは幻想だ」と表明し、欧州がロシアと再び冷戦関係となることを懸念している。

 1989年、冷戦が終焉し、民主主義陣営が共産主義陣営に勝利した。あれから25年目の今年、欧州の民主陣営はロシアに代表される民族主義やISのような反民主勢力の挑戦を受け、苦戦している。プーチン大統領のクリミア半島併合を「冷戦の再来」と評する政治学者がいるほどだ。

 「多数決原理」と」「自由選挙の実施」だけでは民主主義は機能しない。自由選挙で独裁者をも選出できる。問題は、民主主義を支えてきた価値観が喪失してしまったことだ。同性愛者問題、家庭問題から性モラルまで、現在の欧州諸国では明確な価値観を提示できず、困惑しているだけだ。彼らが提示できる唯一の処方箋は「寛容」だが、明確な世界観、人生観を内包しない「寛容」は風に乗って舞う凧のようなものだ。

 ドストエフスキーの小説「カラマーゾフの兄弟」の中でイワンが「神がいなけれは全てが許される」と呟く。イワンがいう「神が死んだ」ような状況は欧米社会では既に現実だ。「多数決原理」と「自由選挙の実施」だけの民主主義は野性的資本主義の餌食となり、人々の魂は癒しを求め、彷徨っている。前ローマ法王べネディクト16世が警告してきた「価値の相対主義」は虚無主義をもたらしてきている。

 方向性を失い、行き詰まった社会では、「こうあるべきだ」「同性愛は間違っている」と自信をもって断言するプーチン大統領が欧米社会の中で一定の支持を得るのはある意味で当然の結果だろう。

 2014年は欧州だけではなく、世界的に民主主義が挑戦を受けてきた、というべきかもしれない。新年を迎える我々は民主主義が失った価値観を再構築し、戦いに臨まなければならないのだ。

(ウィーン在住)