国連にも招かれたヴルストさん


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同性愛歌手ヴルストさんを歓迎する潘基文国連事務総長(2014年11月3日、ウィーン国連内で撮影)

 こんなに熱気に包まれた国連を久しく見たことはない。潘基文国連事務総長が3日、90カ国から約1000人の参加者を迎え開催された内陸開発途上国(LLDC)の第2回会議に参加するためウィーン国連入りしたからではない。女装で髭を生やした同性愛者の歌手、今年デンマークのコペンハーゲンで開催されたユーロヴィジョン・コンテストの優勝者コンチタ・ヴルスト(Conchita  Wurst)さんが同日1時、正面1階でその美声を披露するからだ。

 当方が国連に到着すると中庭にはVIPの高級ベンツがズラッと並んで駐車していた。国連警備職員も緊張した面持ちで行き交う職員やゲストをチェックしていた。

 当方はLLDC会議の記者会見に参加した後、ヴルストさんが歌う正面1階に急いだ。

 シマッタ!遅すぎたのだ。VIP用椅子以外は空席はない。舞台周辺は文字通り立錐の余地がない。昼食を急いで済ましてヴルストさんを一目見ようと集まった国連職員、外交官で一杯だ。彼らはヴルストさんの到着を待っていたのだ。彼らは好奇心でざわめいていた。

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美声を披露するヴルストさん(2014年11月3日、ウィーン国連内で撮影)

 ヴルストさんの姿を写真に撮りたいと考えていた当方は焦った。記事にならない記者会見などに参加すべきではなかった、と後悔の念が湧いた。写真が撮れるような空間がもはやない。そこで国連職員や外交官の群れの中を記者証を見せながら、「すみません、報道関係者です、前に行っていいですか」と厚顔無恥ぶりを発揮し、写真がなんとか撮れる位置まで前に出た。

 プロのカメラマンたちは既にいい場所を占めていた。当方のようにのんびりしていない。当方が写真を撮れないので焦っていると、カメラマンの同僚が「僕がスイッチを押してあげるよ」といってヴルストさんが歌っているシーンを1枚撮ってくれた。それでなんとか掲載可能な写真が撮れた、というのが舞台裏の話だ。

 予定より数分遅れてヴルストさんが先ず舞台に登場。職員たちは早速スマートフォンでカメラ・フラッシュ。その後、国連事務総長夫妻が姿を見せた。事務総長は会場の異常な雰囲気を感じたはずだ。事務総長はウィーンの国連を定期的に訪問してきたが、職員がこんなに集まり、熱気に満ちたことはなかったからだ。

 ヴルストさんの歌が国連内に響き渡ると、国連職員、外交官ばかりか、事務総長もうっとりした表情で歌に聞きほれていた。

 潘基文事務総長は「国連内では人種、性的指向の差別は存在しません。ヴルストさんが性的差別の克服のために健闘されていることを高く評価します」と挨拶すると、ヴルストさんは「こんなに歓迎されてうれしいです。性的指向の差別がなくなるまでがんばっていきます」と答えていた。エールの交換だ。もちろん、事務総長はヴルストさんに対し、「she 」「her」という女性格で呼び掛けていた。

 事務総長は記者会見では見せたことがない笑顔を振りまき、終始上機嫌だった。20分余りのイベントが終わると、事務総長夫人は素早く席を立ったが、潘基文事務総長はヴルストさんに近づき声をかけるなど、別れを惜しんでいた。

 ヴルストさんは先日、欧州議会にも招待されたばかりだ。そして今回、ウィーンの国連で新曲も披露した。来年はウィーンでユーロヴィジョン・コンテストが開催される。ヴルストさんはいつの間にか“オーストリアの顔”になった。

(ウィーン在住)