人生80年、何をする


 「人間50年、下天のうちをくらぶれば夢幻のごとくなり。…」

 NHKの大河ドラマ『軍師官兵衛』で織田信長が述べたいわゆる辞世の句だが、歴史的には、信長が好んだ幸若舞『敦盛』の一節で、桶狭間の戦いに出陣する信長が直前に清洲城で謡い舞った部分。もともとは、義経の鵯越(ひよどりごえ)の奇襲で有名な「一ノ谷の戦い」(1184年)で、心ならずも元服間もない平清盛の甥・敦盛の首を取った源氏方の武将・熊谷直実の世をはかなんだ言葉だという。

 面白いのは「人間50年」という認識だ。さまざまな研究によると、江戸時代や戦前の寿命も男女とも40歳台(前半)だったというから、少なくとも750年以上、人の寿命は50年程度と思われてきたわけだ。

 ところが戦後、日本人の平均寿命は飛躍的に長くなった。厚生労働省によると、1947年に53・96歳だった女性の平均寿命は50年に60歳、60年に70歳、84年に80歳を超え、昨年は86・61歳で4年ぶりに過去最高を更新。また47年に50・06歳だった男性は51年に60歳、71年に70歳を超え、昨年初めて80歳を超えた(80・21歳)。名実共に「人間80年」時代を迎えたわけだ。

 このような平均寿命(0歳の平均余命)の伸びを最もよく“体現”しているのが戦後の第一次ベビーブーム(47年~49年)期に生まれたいわゆる「団塊の世代」だ。単純に考えると、男女ともほぼ30歳も寿命の期待値が伸びたことになる。

 しかし、このような長寿化が直ちに幸福の増大を意味しないことも一つの現実だ。厚労省は高齢化の進展を踏まえ、介護を受けずに日常生活を送れる期間を表す「健康寿命」と平均寿命との差を埋めるため生活習慣病予防の重要性を訴えているが、いくら「健康に長生き」しても、それで「何をするのか」という問題が残る。そこが曖昧では生きがいや幸福感を得ることはできないからだ。(武)