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東京の築地(中央区)と豊洲(江東区)の…


 東京の築地(中央区)と豊洲(江東区)の間の距離は2㌔ほどだが、その2㌔が長かった。築地市場の移転計画は何度も出ては消えた。今回の豊洲移転も、必ずしもよく理解できない理由で2年延びたが、やっと実現された。

 それにしても「築地の呪縛力」は強い。83年という歴史は確かに長いが、物理的時間だけでなく、築地に降り積もった「文化」が大きかった。築地は引力が強いため、存在感も大きかった。

 だがまた、歴史や文化だけでこの世の中が動くわけでもない。市場は何よりも実務の場所だから、実際の運営の上で不都合が生まれれば「感傷にだけ浸っていればいい」とばかりも言えない状況がやって来る。

 建て替えという選択肢もあったが、面積の面からそうもいかないということで、移転と決まった。新鮮な魚介類を扱う上で、衛生状態を無視するわけにはいかなかった。

 150年前の京都から東京への首都移転は「千年の都」に関わるものだ。築地どころの話ではない。東京が首都であることを定めた法律はないが、事実上の首都として世界に知られている。

 「伝統よりも生活の必要が大事」(「日本文化私観」)と坂口安吾は言った。戦時中の昭和17年に発表されたのに驚く。歴史や情緒も大事だが、広くて衛生的な豊洲の「生活感覚」の方がより重要であることは間違いない。築地が終わった瞬間、豊洲の歴史と文化が始まる。どこまでこれを深めることができるだろうか。