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守るべき中央銀行の独立性


鈴木 淑夫鈴木政経フォーラム代表・経済学博士 鈴木 淑夫

短過ぎる政策委構成員任期
次期執行部の課題は出口政策

 1942年(昭和17年)の戦時立法である旧日本銀行法の下で、戦後の金融政策は二つの大きな失敗を犯したと言われている。一つは「過剰流動性インフレ」を起こした72~74年であり、今一つは「バブルの発生と崩壊」を招いた87~90年である。そして二つに共通する背景は、旧日本銀行法に定められた金融政策に対する政府の指示権と、政府が持つ日本銀行総裁の罷免権であった。この二つがあるため、日本銀行は独自の判断で金融引き締め政策に転じることができず、政府の許可を得るのに時間がかかり、政策転換が遅れてインフレやバブルが高進してしまった。

 71年8月のニクソン・ショックの後、同年12月のスミソニアン会議で16・88%の円切り上げが決まったため、輸出急減・輸入急増による大不況を恐れ、政府は「日本列島改造計画」を織り込んだ72年秋の大型補正予算と「福祉元年予算」と銘打った超大型の73年度当初予算を組んだ。金融緩和も進み、72年末のマネーストック(M2+CD)は前年比26・5%増となった。

 しかし日本経済の国際競争力は思ったよりも強く、景気は71年12月に底を打ち、卸売物価も72年2月に反騰に転じた。心配された輸出の伸びも、72年7~9月期から高まり始めた。53~71年の固定相場制時代に日本の卸売物価はほぼ安定していたため、クリーピング・インフレの米欧とのインフレ格差は拡大し、円の実質レートは16・88%以上の円安になっていたからである。

 日本銀行は72年下期から金融引締め政策への転換を政府と交渉したが、73年度当初予算が73年1~3月の通常国会を通過するまで政府は金融政策の転換を認めず、公定歩合引き上げの許可が出たのは73年4月であった。

 しかし時既に遅く、過剰流動性の下で進行するインフレにブレーキが掛らず、73年9月には卸売物価が前年比18・9%増、消費者物価が同14・4%増となり、揚げ句の果てに73年秋の第1次石油ショックによってとどめを刺され、74年2月の卸売物価は前年比37・2%増、消費者物価は同24・9%増の「狂乱物価」となった。

 87~90年の「バブルの発生と崩壊」の時も、日本銀行の金融政策転換は、「ドルが弱い間は利上げを許さぬ」という政府からの強い要請によって、89年5月まで遅れたが、その間にバブルが急膨張してしまった。そして、遅れた金融引き締め政策への転換は、バブルの激しい崩壊を招き、90年代のバランスシート・リセッションと97~99年の「平成金融恐慌」に至ったのである。

 この時は、日本と西ドイツの間で、決定的な違いが生じた。87年10月17日に「ブラック・マンデー」が発生し、ニューヨーク市場からの資金逃避でドル安、債券安、株安が起こった後、日本では、米国政府の意向を背景とした政府の指示により、2年3カ月も超低金利を放置し、大バブルを発生させた。これに対し西ドイツは、88~89年に米ドルが多少とも強い局面を慎重に見極め、0・5%刻みで5回公定歩合を引き上げ、バブルの発生を防いだ。

 以上の金融政策大失敗の経験を踏まえ、97年6月、日本銀行法が改正された。政府の政策指示権は消え、その代わり日銀の政策委員会に対する議決延期請求権が入った。また総裁、副総裁2人、政策委員6人は政府の任命ではなく、国会の承認人事となり、政府の罷免権はなくなった。これによって日本銀行の独立性はかなり強められたが、一つだけ抜け穴がある。

 総裁、副総裁、政策委員の任期は5年と定められているので、同じ政府や与党が国会で5年以上多数を占めていると、政策委員会の構成員は、全員政府・与党の「お気に入り」に入れ替えることができる。この点、米国では、連邦準備制度理事会(FRB)理事の任期は14年で、2期8年が限界の大統領の任期よりはるかに長い。

 現在、安倍政権は、任期の来た政策委員を次々とリフレ派に置き換えている。また来年3月に任期の来る総裁、副総裁の後任人事を、まもなく国会に提案することになっている。2013年4月に発足した黒田日銀は、「デフレは貨幣供給量の不足が原因だ」というリフレ派の主張に従って、「マネタリーベースの供給を2年で2倍にすれば消費者物価は2年後に前年比2%増になる」として異次元金融緩和を推進した。その結果、円高・株安の是正には一定の成功を収めたが、消費者物価の前年比は5年たった現在もゼロ%台だ。半面、日銀による資産の大量買い上げが国債市場と株式市場を官製市場化し、マイナス金利政策は金融機関の収益を圧迫して、金融システム全体が脆弱(ぜいじゃく)化しており、将来あり得る金融的ショックに対して極めてバルネラブルだ。

 次の日銀執行部は柔軟に市場と対話しながら現在の量的緩和政策からの出口政策を進めなければならない。金融政策は長期的視野を持って運営すべきであり、短期的視野に陥りやすい政治に対し、一定の自律性を保っていた方がよいという近代国家の知恵が、「中央銀行の独立性」の理念を生み出したことを、今の日本は忘れかけているのではないか。

(すずき・よしお)