潜在力発揮すれば観光大国に


観光庁初代長官 本保芳明氏に聞く

国・地域の誇りと外交力強化につながる

 外国人訪日客数が速いペースで伸びている。さらに外国人観光客を増やし、新たな目標である「2020年に4000万人」を達成し、「観光先進国」となるための課題は何か。わが国の観光政策を見続け、現在も関係者の一人である観光庁初代長官の本保芳明氏に聞いた。(聞き手・藤橋進、森田清策)

キーは「リピーター」 文化摩擦、宿泊・通訳不足など課題も

外国人訪日客が2016年、予想より早く2000万人を突破した。

本保芳明

 ほんぽ・よしあき 昭和24年、北海道生まれ。49年、東京工業大学大学院修了、運輸省入省。平成20年、国交省観光庁設立とともに初代長官に就任。現在、首都大学東京特任教授、東京工業大学特任教授、国連世界観光機関(UNWTO)駐日事務所代表、同世界観光倫理委員会委員などを務める。

 2000万人の突破自体は不思議ではない。ただ、2013年に苦労してやっと1000万人を超えたという状況だったので、わずかな期間で倍増したのは予想外。関係者の一人として驚いた。

 日本には、観光の魅力がある、と皆さんおっしゃる。外国のコンサルタントのブランドの格付けや、有力な旅行専門誌でも評価が非常に高い。しかし、十分宣伝してこなかったので、消費者からすると、日本はよく分からないマーケットだった。それが今や、海外旅行先として定着してきたということだろう。

日本の情報発信が変わった?

 そこは大きい。円安、ビザの免除・要件緩和、土産品の消費税の免税措置などを取り上げ、それだけで一挙に伸びたような捉え方をしているマスコミが多い。しかし、日本はもともと魅力のある観光地だったが、それを伝える努力をしてこなかった。だから、お客さんが来てくれなかったというのが実態に近い。

 政府、自治体、産業界が一緒になって、インバウンド(訪日外国人旅行)誘致の努力を始めたのは03年。それまでは国際的水準からすると、「やっていない」と評価されても仕方がないレベルの取り組みしかなかった。

 例えば、周辺国は当時、広告費に国家予算だけでも100億円近い投入をしていたのに対し、日本は政府観光局の二十数億円だけしか使っていなかった。しかも、その中には人件費も含まれているので、実際の広告活動費は5、6億円だったろう。だから、私が観光庁長官になった時、他国のジャーナリストから「日本はお客さんに来てほしいと思っていないでしょう。何もしていないですものね」と言われた。

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世界遺産「嚴島神社」(広島県廿日市市宮島町)の大鳥居

 今はプロモーションだけでも100億円を超える国家予算を使っている。きちっとした投資をするようになり、累積効果も出て、もともと魅力ある観光地だったのがさらにブランド力が上がってきた。

 もう一つ、大事なことは世界全体、特にアジア発の海外旅行のボリュームが急速に大きくなっているということ。これが訪日客の伸びを強く後押ししている。いずれにしてもここ数年だけを見れば、日本はダントツの伸び率だ。

政府は20年までに「4000万人」という新たな目標を掲げているが、課題は。

 世界全体の海外旅行が増えているわけで、ある一定の期間を見れば、世界も倍になる。従って、日本が倍増し4000万人になるのはおかしくない。

 ただ、20年までの短い間に実現できるのか。また大きなトラブルなしにそれが可能なのか、という二つの問題がある。短期間で可能かという点では、率直に言ってちょっと高過ぎる目標だと思う。その理由はいろいろあるが、一つだけ挙げれば、日本に来るお客さんには、海路と空路しかないというハンディがある。

 世界一の観光大国と言われるフランスには、8500万人以上の外国人が訪れる。しかし、海越えでは3000万人ちょっとになる。それに対して、日本は海越えに加えて距離のハンディを持っている。それで4000万人はすぐには実現できないと思うのが常識的だろう。

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 また、どこかの時点で4000万人を達成したとしても、スムーズに実現できるかとなると、宿泊施設、通訳ガイド、貸し切りバスの運転手などで供給不足の問題が短期的には出るだろう。

 それから、これはもっと心すべきことだが、外国人が急増することで、文化摩擦も含め、いろいろなほころびが出てくるのは間違いない。その点で、よく識者に指摘されるのは、広い意味で日本の内なる国際化が進まないと、迎え入れる上での困難もあるし、お客さんに満足して帰ってもらえるかという点で、注意が必要との指摘を受ける。

最近は「地方を訪れたい」という外国人が増えているようだ。地方の観光資源を生かすための課題は。

 地方の未来はバラ色ですよ。キーは「リピーター」。フランスを例に取っても分かるが、最初のうちはパリをはじめとする有名観光地に、観光客が集中する。しかし、リピーターは新しい魅力を求めてやって来る。日本は今、リピーターが増えているわけで、まさに新しい魅力を求めて、これから地方に行くお客さんが増えるのは間違いない。

 近隣の国である香港、台湾、韓国からは、何回も来ているお客さんがほとんどで、身近な国だから国内旅行の延長で来る。その人たちに新しい魅力をどう提供していくのか。これが非常に大事になってくる。

 地方の時代はもう始まっており、ゴールデンルート以外にすでに行き始めている。いかにして、それぞれの地方が力を発揮して、お客さんを引き付けることができるか、これが問われている。

 その意味では、まだ差がある。非常に進んでいる地域と、立ち遅れてこれから努力しなければならない地域とのギャップがある。言葉が通じない、Wi-Fiもない、キャッシュディスペンサー(現金自動支払機)も使いにくいなど、不便だらけではやはり「なんだよ」となる。

 それからセグメント(区分)としては、富裕層が重要になるが、地方に行くと、富裕層が求めるホテルがない。例えば、札幌にはお客さんがたくさん来ているが、高級ホテルが一つもない。そういうものも整えていかないと、4000万人という数字を含めて、大きな成果を挙げることは難しい。

日本の魅力はどんなところか。

 やって来る人が住んでいる国、地域によってまったく違う。一言で括(くく)るのは間違いだと思う。ただ、その中でも、どの国の人か、どの地域の人かで共通項があるので、特色が出てくる。

 例えば、ヨーロッパ系の人―米国人もそうだが―文化や伝統に興味がある。近場の国・地域になると、普段の消費活動や食事、余暇活動などの延長線上にあるものを求めて来る人が多い。自分たちの日常生活で経験しているものよりも少しハイレベル、あるいは少し色合いの異なったものを求めて来ている。

政府は「2030年に6000万人」という目標を打ち出している。「観光立国」「観光大国」のイメージは。

 正直言って、私も長年、どう考えたらいいのか、悩んできたテーマだ。世界の平均値でいうと、観光産業はGDPの9%を占める。日本は2%強。しかし、9%だから観光大国で、2%では観光小国と単純に言えるのか。

 むしろ、日本の持っている観光産業のポテンシャルがどこまで発揮できるかが問われるのだと思う。これをフルに発揮できたら「観光大国」と呼ぶべきだというのが一つの基本だと思う。

 二つ目は、日本は今、インバウンドの数字でいうと、ランキングは15年に16位だが、もう少し上がってトップ10に入れば、大変な観光大国になるという意識でいいのではないか。4000万人になれば、トップ10入りは間違いないであろう。

外国人観光客の増加は、経済が潤うというだけでなくて、日本の外交戦略、国のソフトパワーの面からも大きいのではないか。

 本質的に大事なのはそこだと思う。草の根交流が進めば、日本人の国際理解が深まるし、日本に対する外国人の理解・シンパシーも高まり、結果として外交力の強化になる。

 同時に、観光客の増加はナショナル・プライドにつながる。日本の素晴らしさに対して、日本人が改めて自覚し誇りを持つようになる。地域も同じで、外国人が思わぬ地域の宝を発見してくれれば、地域の誇りにつながる。

 2000年代の始めまでは、いいものが海外にあるから、それを学びにいくという意識が日本人にあった。今は、日本に素晴らしいものがあるので、世界の人が競って訪れている。

 ソフトパワーは相手の国、国民、文化に対する敬意が出発点。それには当人が堂々としていなければならない。従って、外国人観光客の増加は、日本人が自信を取り戻し、誇りを持って世界に臨んでいく循環をつくるきっかけにもなる。