善く生きる:書評

増子耕一

現代の淪落の根本的解決策

 倫理道徳の観念、人間としての責任感、こうしたものが希薄になっているのが今日の社会である。その危機感を訴える声は大きく、心の教育が訴えられるが、どこかむなしい響きがつきまとう。

 有効な解決策が提示できないのはなぜなのか。その根がどこにあるのか。これらの問題について明快な解決の方向性を与えるためには、まず、この世界と、そこに生きる人間という存在をどうとらえるか、という根本的問題の解明が不可欠であると著者は言う。もしもわれわれが正しいと合意することのできる人間解釈が成り立たないとすれば、道徳についても教育についても、もはや方針を立てることができなくなってしまうからだ。

 本書の副題が“「人間学」の基礎と倫理の根拠”とされているのは、そうしたことが意図されているからだ。そしてここで一貫して批判の対象とされているのは、唯物思想であり、無神論思想である。

 存在の基底にモノを想定する思想は、無意識として現代社会の根深い精神構造となっている。これを克服しないかぎり現代世界の閉鎖状況を根本的に打開するすべはない、と考えるからだ。

 著者は、この作業を、科学的方法によってとらえられた人間的事実が人間的事実のすべてだと思い込む錯覚を振り捨てるところから出発する。そして人間は無限に向かって開かれた神秘であるという認識に基づいて、この世界と人間についての像を、学問的な方法を踏まえて描き出してゆく。

 哲学者のカントは、星をちりばめた空と私の内なる道徳法則は新たな感嘆と畏敬(いけい)の念をもってわれわれの心を満たす、と語ったが、読み進むにつれて、その哲学的根拠が本書で丁寧に明確に示されていることが読者には分かるであろう。

 併せて、われわれの環境とさえなっている物質還元主義のひとつひとつが、いかに人間を低く、暗く、小さくしているかを明らかにしていく。その筆致にはまるで面白い推理小説を読むような迫力があることも付け加えておきたい。

 (世界日報社 本体一、六〇〇円)


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