書評:『広島の公教育に再生の道はあるか』を読む
2000/10/23 広島県の実態を詳細に報告して貴重世羅高校の校長自殺がきっかけだった。広島県の公教育の恐るべき実態がはじめて日本中の注目を惹(ひ)き、国会でも取り上げられ、勇気ある証言者も出たのである。広島県からは宮沢さんのように首相になった有力な代議士も出ている。代議士が地元の公教育の状況を知らないはずがない。しかし以前は怖くて発言できなかったのだ。宮沢さん自身がそのような発言をなさっている。広島の公教育の関係者で自殺した人、いな自殺に追い込まれた人は今回の世羅高校校長がはじめてではなく、戦後二十人近いのではないか、という人もいる。なぜそんな恐ろしいことが平和であるはずの教育界に起るのか。世羅高校の自殺した校長宅には、その後二カ月もたった時点でも、約五十人の教師のうち一人として線香をあげにきた人がないと未亡人は語っている。教育者たる者が同じ職場の長であった人をとむらう気がないとは何という非人間的なことか。教育者たちをそのように非人間的にさせた原因は何なのか。 まずは教員組合の締めつけと考えるのが普通であるが、組合がそんなに恐ろしいはずはない。広島県の場合、教員組合が部落解放同盟と連携しているから怖れられたのである。そして部落解放同盟が関与していることが、批判的な発言や実態の報道を封殺してきたのである。戦後の教育問題は部落解放運動を抜きにしては語れないのであるが、正にそれがタブーだったのである。戦後しばらくの間は部落解放運動の暴力的実力行為に対して警察さえも手を出さなかった。暴力的に糾弾された時でも警察が助けてくれないことを知った時の人々の恐怖感は筆紙に尽くし難い。絶望と恐怖の中に自殺した人々も決して少なくないと聞いている。八鹿(ようか)高校事件(注)をきっかけとし、国会でも取り上げられ、それほど露骨な暴力行為は消えたようであるが、恐ろしい団体の一つとして部落解放同盟は依然としてマスコミでも教育界でも恐怖の対象になっている。特に教育者は弱い存在である。部落解放同盟が強いところでは広島県のようになるのである。 これを正すにはまず実態に対する報道がなければならない。しかし地元の『中国新聞』もこわがって報道しない。他のマスメディアも及び腰だ。最も詳細にかつ客観報道をやったのは『世界日報』だと思う。その第一弾は『広島の公教育はなぜ崩壊したか』にまとめられ、戦後の日本教育資料の最も重要な一つとなっている。今回はその第二弾である。詳細な調査報告と共に、国会での質疑なども資料として収録されていて貴重である。 私の記憶に間違いなければ、筆者の鴨野氏は、日本共産党機関紙『赤旗』に連載され、その後単行本としてベストセラーになった森村誠一氏の『悪魔の飽食』(正・続)の写真や記述の重大な間違いを指摘し、最も信頼できる正確な記事を書き続けた人である。報道記者の鑑(かがみ)として改めて敬意を表する次第である。 (世界日報社 本体1,500円)
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