まえがき

日本の戦後教育を歪めたもの

京都大学名誉教授 渡辺久義

 本書は、いわゆる左翼思想に導かれた日教組が、いかに日本の戦後教育を歪め誤らせてきたかを、世界日報の鴨野守記者が、典型的な広島県を例にとって克明に調査報告したものである。一読すればその実態がわかるとともに、溜飲の下がる思いがする人々も多いであろう。

 こういうことがわかっていても、なかなか正面切って言えない時代が長くつづいたのである。今でもそれは終わったとはいえない。世界日報という新聞は、早くからそれを最大の問題として取り上げてきた。単なる感情的な理由で反共という人はいくらでもいる。しかしそういう人々は自分自身の哲学をもっていないから、それがはっきり言えないし、その勇気がないのである。言ってもそれは説得力をもたず、同等のレベルの喧嘩になってしまう。共産主義に対抗するには、共産主義というものが共産主義者以上によく見えている者でなければ不可能なのである。ソ連が崩壊したではないか、などというだけでは駄目である。それは我々の心の最も深いところに発する問題であり、今なお形を変えて我々の周囲のあらゆるところに浸透しているからである。

 「人権」という問題一つを取ってみてもそうである。何ゆえに人権が尊重されねばならないのか、何ゆえに人間の尊厳ということがいわれるのか、その根拠となる哲学がなければ、人権擁護といったことは無意味であり、逆に、やたらに人権を振りまわす左翼を「人権屋」だなどといってからかう資格もないであろう。「平等」とか「民主主義」とかについても、いかなる根拠でそれらが大切なのかという信念がなければ議論はできない。平等や民主主義が大切なのは、真にすぐれた指導者が出てくるのを妨げないためであって、すぐれた者と凡庸な者との差をなくするためではない。そしてさらに、「真にすぐれた指導者」とはどういう人物のことかについても明確な哲学がなければならない。

 これは「道徳」とか「心の教育」の間題にもつながってくる。なぜ一般に日本人がこういったことの大切さを知りながら及び腰なのか。ことは広島県や日教組だけの問題ではない。本書を読まれる方は、これを自分自身のこととしても受けとめてほしいと思うものである。

わたなべ・ひさよし 一九三四年岐阜県生まれ。京都大学文学部英米文学科卒。京都大学総合人間学部教授を経て、現在同大学名誉教授、摂南大学教授。著書に『ヘンリー・ジエイムズの言語』『意識の再編』、共著に『現代における人間と宗教』など。


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