書評

「新しい道徳教育」への提言

上寺 久雄監修 山口 彦之編集

人格完成目指す教育の探求

 戦後社会における道徳教育の不在は、社会全体のモラルの退廃をもたらした。今日、家庭崩壊や青少年問題が深刻化してきた背景には、ぬきさしならない「人間性の荒廃」がある。

 一九七四年に創立された学際的学術団体、世界平和教授アカデミーは、世界各国の学者の知恵を結集して、国内外のさまざまな課題に取り組んできたが、本書は、教育問題に焦点を合わせて平成十年度から取り組んできた研究会の成果をまとめたもの。戦後の道徳教育の総括、人格教育の在り方、教員養成制度などについて論じている。その特色は、今日の危機的状況をもたらした根本原因にメスを入れ、人格の完成を目標とした新しい道徳教育の在り方を探っている点だ。とくに宗教心の涵養を緊要な課題として扱っていることも注目される。

 日本社会の「人間性の荒廃」は、単に日本だけの問題ではなく、欧米諸国にも共通した問題である。それゆえ、この問題も米国との比較で論じている点に内容の深みがある。

 一九六〇年代の米国で、道徳教育の基調を作ってきたのは「自己決定」の方法だった。この考えの根底には、価値の相対化があり、子供は大人の指導無しに自分自身の価値観を造りあげるようになった。ボストン・カレッジのウイリアム・キルパトリック氏は「米国道徳教育の失敗と人格教育の新しい試み」のなかで、「自己決定」の教育がもたらしたものは、自分の欲望の奴隷となる個人の輩出だったという。

 「教育は人なり」と言われるように、教育論は教師論に行き着く。しかし、多くの資料が示しているのは「信頼できる教師」がいなくなってしまったことだ。

 教育問題研究家・四方遼氏の「戦後教育はなぜ荒廃したのか」は、教師への不信感が始まるのは、「教師は労働者である」と宣言した日教組の出現によってであり、その左翼思想が「自己決定」の風潮のなかで、過激な性教育を推進して、今日の家庭解体へつながったことを分析している。

 京都大学名誉教授渡辺久義氏の「日本人の宗教意識と心の教育」は、精神の荒廃を宗教問題ととらえ、その前提なしに道徳教育があり得ないことを訴えた、説得力ある論文だ。

 (世界平和教授アカデミー発行、世界日報刊 本体一、八〇〇円)

 増子耕一


back