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ここがおかしい「男女共同参画」 〜暴走する「ジェンダー」と「過激な性教育」〜 第2部 第1章 1
1 「ジェンダー」を女性差別の元凶と見なす
1999年6月に男女共同参画社会基本法が公布・施行された。だが、名前から受けるイメージとは裏腹に、これをきっかけにして「男らしさ・女らしさ」を一方的に否定する「ジェンダーフリー」【注1】が地方条例や教育現場に浸透している。この基本法にメスを入れ、それが目指す「男女共同参画社会」の問題点を整理する。
●社会的・文化的に形成された性別
「欧米ではジェンダーフリーが実現していると理解している女性が多いが、実際にはジェンダーに基づいたエチケットが多い」 2003年11月、千葉県柏市で開かれた、過激な男女共同参画条例に反対する市民集会で、同市の上橋泉市議は、あいさつに立ちこう訴えた。 実際、ジェンダーという言葉は性別という意味である。「ジェンダー(gender)はセックス(sex)を上品に表した言葉」(在京外国通信社記者)にすぎない。 それを、フェミニスト(女性解放論者、女権拡張論者)が近年、「社会的・文化的に形成された性差」という意味に拡大してきた。しかし米国などでは、性差の存在を大前提とする中から、「レディーファースト」などの伝統が生きている。 これに対して日本では、ジェンダーを差別が生まれる元凶であるかのごとく、否定的にとらえて喧伝(けんでん)されてきたと言っていいだろう。 基本法の理念に大きな影響を与えた大沢真理・東京大学教授は、ジェンダーを「ありとあらゆる文化や社会が作りだした男らしさや女らしさの通念」(上野千鶴子対談集『ラディカルに語れば…』)とし、「これは人工的に作りだされたものだから、人の意識的な営みによって崩していくことができる。だから性差よりは個人差という社会を作ることができる」と述べている。 大沢氏は1994年に村山内閣が政令によって設置した「男女共同参画審議会」(縫田曄子(ぬいた・ようこ)会長)の専門委員を務め、その答申「男女共同参画ビジョン」(1996年7月。以後「ビジョン」ともいう)の起草に集中的にかかわった。「ビジョン」は基本法のたたき台と言える。
●「性別に縛られず」=ジェンダーからの解放
大沢氏によると当時、「ビジョン」審議会では、三つの案が用意されたという。 A案は、男女の特性(生物学的機能の性差に由来する社会的役割の違い)を前提とせずに男女平等の実現を目指す立場。「ジェンダー」からの解放(ジェンダーフリー)を志向する方向性。 B案は、男女の特性を是認した上で、男女平等の実現を目指す立場。生物学的機能に差があるのだから、社会的役割に違いがあることは当然であり、それは差別ではないとする考え方。 C案は、「ジェンダー」の意味するところが必ずしも社会に定着していない段階では、「ジェンダー」という用語は使わないという立場。 三案の中で最終的に、ジェンダーからの解放を意味する最もラジカルなA案が採用されたという。
さらに「ビジョン」は、「セックスに根ざす(とされる)男女の特性は是認しつつ、不合理な男女格差を解消するというスタンスの実践では、女性差別を解決できない」(大沢真理著『男女共同参画社会をつくる』)という、フランスのラジカル・フェミニストで、唯物論的アプローチを主張するクリスティーヌ・デルフィら1990年代前半のジェンダー論の到達水準を反映した形になったとも述べている。 「ビジョン」は「男女共同参画社会」に関して、「女性と男性が、社会的・文化的に形成された性別(ジェンダー)に縛られず、各人の個性に基づいて共同参画する社会の実現を目指す」と定義している。 また、大沢氏は、この「性別(ジェンダー)に縛られず」について、「控えめな表現をとってはいるが、つぎの趣旨をもつということが審議過程で確認された。すなわち、『男女共同参画』は、『「ジェンダー」からの解放(ジェンダー・フリー)』を志向する、ということである」と明確に述べている(前掲書)。
●基本法前文「性別にかかわりなく」
基本法の前文も、男女共同参画社会は「男女が……性別にかかわりなく、その個性と能力を十分に発揮することができる」社会とうたっている。「ビジョン」の定義に極めてよく似た文言だ。 しかし、内閣府男女共同参画局の齊藤馨・総括課長補佐は「基本法の制定の際に意見を頂いた審議会は、1997年4月、法律によって設置された(橋本内閣での)審議会」と表明。「ビジョン」審議会と基本法とは「同一性がない」とし、大沢氏の思想と基本法との切り離しを図っている。 さらに齊藤氏は、「審議会では議論の過程で各委員の意見が表明されることはあっても、審議会は立法の当事者ではない」とし、自ずから役割が違うことをアピールした。 ここで、基本法成立に至る流れを整理しておきたい。
1994年6月 村山内閣で、政令による男女共同参画審議会(縫田曄子会長)を設置 1996年7月 同審議会が「男女共同参画ビジョン」を答申 12月 国内行動計画「男女共同参画2000年プラン」を策定 1997年4月 橋本内閣で、法律による男女共同参画審議会(岩男壽美子会長)を設置 1998年11月 同審議会が「男女共同参画社会基本法について」を答申 1999年1月 同答申を受けて法案作成作業開始 2月 小渕内閣が法案を閣議決定。国会に提出 5月 参議院で前文追加。可決 6月 衆議院で可決。「男女共同参画社会基本法」公布・施行 2000年12月 国内施策の大綱「男女共同参画基本計画」を策定 2001年1月 男女共同参画会議を設置 男女共同参画審議会(岩男壽美子会長)は、1998年11月、「男女共同参画社会基本法について」(以後「答申」ともいう)を答申し、基本法案は、直接的には、この「答申」を受けて作成された。 法案は翌年2月26日、閣議決定され、国会に提出されるが、この時点で法案に「社会的・文化的に形成された性別」や「ジェンダー」の語はなかった。「ビジョン」から「答申」へ引き継がれたこれらの用語は【注2】、「一般には理解されにくい」という理由で、法案作成段階で落とされたのである。 その後、国会審議の過程で復活することもなく、結局、基本法には入らなかった。 ここだけをみると、基本法は大沢氏が意図した線より後退したと言えるかもしれない。 だが、大沢氏のようなジェンダーフリー推進論者が「男女共同参画社会はジェンダーフリー」とする根拠は、基本法前文にある「性別にかかわりなく」という文言なのである。 その上、大沢氏は「法案がどのようなものになるか懸念していたが、意外にもいくつかの点で審議会答申より踏み込んだ法案となった」(『男女共同参画社会をつくる』)と言っている。 「ビジョン」と同一性がなく、「答申」とも一線を画してできた基本法が、一層、ジェンダーフリー論者にとって歓迎すべき内容になっているというのだ。 一体、基本法の国会審議で何が起きたのだろうか。
(平成16年3月8日付)
【注1】ジェンダーフリーとは、男女が生物学的違いから脳の構造、ホルモンの働きで異なる影響を受け、それから生じる情緒・行動面での違いを肯定的に示した「男らしさ・女らしさ」というものを、「社会的・文化的に形成された性別」(ジェンダー)だと決め付け、文化・伝統に基づく価値観を差別の元凶として排除する考え方。 ジェンダーフリー推進派の教科書『女性学教育/学習ハンドブック』(国立女性教育会館)は、ジェンダーについて「一般に、オス、メスといった生物学的な性のあり方を意味するセックス(sex)に対して、文化的・社会的・心理的な性のあり方をさす用語として使われている。簡単にいえば、『男はこうあるべきだ』『女はこうあるべきだ』といった社会的枠づけや、『男らしさ』『女らしさ』といった固定的な『らしさ』を意味する」とした上で、「ジェンダーの縛りから自由になった、『男だから』『女だから』という固定的な性別にとらわれない」ことがジェンダーフリーだと説明する。
【注2】「答申」には、「男女共同参画社会を実現することにより、こうした社会的・文化的に形成された性別(ジェンダー)にとらわれず、男女が、自分の個性・能力を十分に発揮することができる」(下点引用者)と書かれている。第部第6章55項参照。
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